竹かごや 市川商店

兵庫県の竹細工職人を訪ねて


先月、中国地方へ出張しました。

その中で兵庫県の一人の竹細工職人Aさんへご挨拶にいきました。

 

兵庫県のこの地区は昔、有名フルーツパーラーなどで使われている

果物をのせる「盛かご(もりかご)」の一大産地だったそうです。

そのエリア全体で30世帯60人ほどのご夫婦がその仕事に従事されていたとのこと。

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まだ、竹細工を生業としているところがあるということは知っていましたが、

恥ずかしながら、兵庫県が竹かご作りの産地だったとはまったく知りませんでした。

 

Aさんは四代目で高卒でおじいさまやお父さまのあとを継ぎ、竹職人の道へ。

兵庫県という土地柄、大阪の大手百貨店などと取引が長かったそうです。

 

しかし、この竹細工や竹かごの商売というのは、

ある時点から、その大部分の技術を中国に持っていきます。

経済成長とともに需要が追いつかなかったこともあるかもしれません。

大体はそういったことをするのは職人ではなく商人です。

(私もその商人のはしくれではあるのですが。)

 

ものづくりと経済競争のバランス。

この話については、長くなるので割愛しますが、

竹業界に限らず、重要なポイントになります。

 

例によって、もっと安価に作れる場所へその技術を持っていかれてしまい、

その地域の産業として、難しくなっていってしまいます。

 

そんな状況にもかかわらず、Aさんや周りの方は必死の努力をなさり、

アメリカに市場を開拓し、クリスマスやイースターなどで使えるよう

カラフルに染めた盛かごも作ったといいます。

 

当時の市長にも「中国製を入れ続けたら、日本の職人がみんなやめてしまう」と訴えました。

市長はその声に耳を傾け、さまざまなバックアップをしてくださっていたと言います。

 

この技術を途絶えさせないよう、少しでもアピールになればと、

国家検定制度の竹工芸技能士(竹工芸部門は2011年に受験者減少のため廃止)の

テストを受けることにしました。

 

見事、一級技能士に合格をします。

しかもよくよく賞状や盾を見たら、「編組竹工芸 第一号」の文字が!

興奮して話すと、当のご本人は

「え?第一号?そうかい?ちゃんと見てなかった。はじめて知ったなあ」

と、笑って返すばかり。

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市長のバックアップにより、大きく取り上げてもらい、

市長室での贈呈式後はメディアの取材もNHKから何からたくさんきたそうです。

地域や産業のためと、がんばって出演したが、もう二度とやりたくないとおっしゃっていました。

 

これは私の憶測ですが、

きっとAさんの中では、実はそんなもの(失礼)、どうでもいいんだろうなあと。

盾や賞状をいくらもらっても、結局のところお客さんに喜んで買ってもらえるかどうか、

もっと言うと「自分が納得できるものを作れるかどうか」が最大の意味なのかもしれません。

 

そんなAさんは地域の方に、20数年竹細工をご指導されていたとのこと。

しかし、それも御年78歳になるAさんにとっては材料作りから何から、

かなりしんどくなってきて、今年の4月にやめられたとのこと。

大量に準備をしても、当日いろいろな理由で欠席する人も多く、無駄が多いことも

理由のひとつだそうです。

現在は市のふるさと納税の返礼品として、品物を出してらっしゃるそうです。

 

短い時間とはいえ、濃密な時間を過ごすことができました。

その地域での竹についてのひとつの時代を教えていただいたような気がします。

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さまざまな「バランス」について考えながら、

坂の上にあるAさんの家を後にしました。

 

伴武


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